長坂真護
ALLU Story
長坂真護
1984年生まれ、福井県出身のアーティスト。ガーナのスラム街・アグボグブロシーに投棄された電子廃棄物を再利用して作品を制作する。
また、その売り上げから生まれた資金で私立学校、文化施設、リサイクル工場をガーナに建設するなど、さまざまな事業を通して精力的に社会活動を行っている。
空想よりも“現実”をアートに反映させる
空想よりも“現実”をアートに反映させる
山積みになったごみを見て、「これをアートに変えよう、この光景を変えよう」と本気で思える人が、世界に何人いるだろうか。美術家・長坂真護の作品には、ガーナの首都・アクラ郊外にあるアグボグブロシーに捨てられた大量のE-waste(電子廃棄物)が「絵の具」として使われている。
“世界最大の電子ごみの墓場”と呼ばれるその地区には、日本を含む先進国から投棄された携帯電話やPC、キーボードやマウス、ゲーム機のコントローラーやリモコンなどが年に50万トン以上集まってくるという。それらを燃やしてわずかな金属を回収することで生活している「バーナーボーイ」と呼ばれる現地の若者は、その多くが有害物質の影響を受け30代で亡くなっていく。こうした事実を知っても、「自分に何かができる」と思える人はほとんどいない。長坂が美術家として、アグボグブロシーの現実に反応した理由はなんだったのか。
「路上の絵描きをしながら世界中を旅していた頃、その先々で電子機器やブランド品を買って転売することで資金を作っていたんです。でもある時、そうやって自分が売り買いした物がアフリカに捨てられて社会問題になっていることを知って、その真実を見なければと思った。実際にアグボグブロシーを訪れて、ガスマスクも着けずに電子機器を燃やす彼らの姿を見て絶句しました。それで、こんな世界があるんだってことを伝えないといけない、この電子廃棄物を再利用してアートに変えようと思いついたんです」。
最初にガーナを訪れた2017 年から現在までに、2000点以上の作品を制作した。中には1000万円を超える値が付く絵もあるという。その売り上げをもとに1000個以上のガスマスクを現地に届け、私立学校「MAGO Art & Study」や文化施設を作り、今はリサイクル工場や農業などの事業も進めている。絵を描くことで、世界を少しずつ変えていく。アートと社会問題は、彼にとって切り離せないものだ。
「僕のアートはファンタジーではなくて、現実を反映させたもの。昔から自分の存在意義はなんなのか、なんのために絵を描くのかを考え続けていました。2015年のパリ同時多発テロに影響を受けた『月』シリーズもそうですが、世界中で起こっているドキュメントが作品につながっていくんです。ガーナにはまだ6回しか渡航してないんですけど、それでもここまでのことができる。今も朝から晩まで絵を描いて、スラムを救済するための仕組みづくりのために努力を続けています」。
“サステナブル”というバトンをつなぐために
“サステナブル”というバトンをつなぐために
5年以上の活動を通して、自分自身がアグボグブロシーに与える影響の大きさを自覚するようになったという。現地に大きな電波塔が立ち、インフラが進んできたことも活動の後押しになっている。
「最近はアグボグブロシーの変貌ぶりっていうのをすごく感じています。10年前は電波が入らなかったスラムにも5Gの電波塔が立って、おもしろい時代になってきた。アートを売ったお金でガーナ人を15名雇って、リモートで動いてもらっているんです。子ども達にはNFTを教えて、彼らが描いたアートの利益を届けられるようにしたり。インターネットでデビューすれば、それが世界中の人に見てもらえるんだよって伝えると、目が輝いていくのがわかる(笑)。そうやって話していると早く現地に行きたいなと思うし、もっともっとやれるっていう気持ちになります。大きな百貨店や美術館で展示ができるようになっても、作品の売り上げが何億あっても、達成感や満足感は全くありません。やりたいことがまだまだあるから」。
現実に起きている問題が解決するまでは、どんなに多忙でも、どれほど成果があっても足を止めない。「サステナブルは、ただのブームでは終われない」と彼は言う。
「次の世代にバトンをつないでいくという意味でも、絶対に逃げられない問題だと僕は思っています。だって人権も環境問題も無視した社会が、ずっと成り立つわけがないから。今は先進国だけがいい思いをして、1つのケーキを独占している状態です。ガーナでは10人でお金を出して、1台のスマートフォンを買うんですよ。スラムにも電波塔が立ったんですから、誰が得してて誰が損しているのかは、もうみんなわかってる。石油だってなくなったら電力が作れないんだから、いつか枯渇するし、そうなったら全部システムダウンですよ。サステナブルでアップサイクルな社会っていうのは、ただのトレンドじゃなくて、必ず実現しなければいけないこと。下の世代に渡さないといけないバトンなんです。当然、消費のあり方も変えなきゃいけない。だから、僕は美術館で展示をしても簡単にグッズは作りません。あったとしても絵の原画や、書籍や、リサイクルプラスチックでできたものだけ。空っぽのお土産コーナーは、ただの資本主義はもう古いよっていうメッセージで、それも僕の作品の1つなんです。ニューヨークではALLUの隣でMAGOギャラリーをやらせてもらっていますが、ALLUにブランド品を売りにきた人が、帰りにそのお金で僕の絵を買ってくれれば最高の循環だなと思っています」
5年後が楽しみになるような活動をしていきたい
5年後が楽しみになるような活動をしていきたい
ニューヨークだけではなく、パリ、香港、そしてアグボグブロシーはもちろん、日本各地にも「MAGOギャラリー」をオープンし、世界中に拠点を増やしている。
「本当にスラムをなくして、世の中を変えるためには、少しずつ僕のアートや考えを広める草の根運動みたいなことが大切。これがボディーブローのように効いてくるんです。狭いアートマーケットで売るよりも、加盟店制度にして自分のギャラリーをどんどん増やしていくほうが、ずっと民主的じゃないですか。いろいろ言う人はいますけど、ごみをキャンバスに貼る行為から始まって、1つひとつの絵に命を懸けて毎日やってきたことが、上野の森美術館での展示にまでつながりました。世界中にギャラリーを持つことも、これまでやってきたことと同じで、続けていけばどんどん大きな効果に変わっていくと思っています」。
長坂が少し先の未来のために準備していることはまだまだある。アグボグブロシーに廃棄物処理のリサイクル工場を作ること、オリーブやモリンガなどを栽培する農業をやること、そしてサステナブルな電動バイクを作ることまで計画しているという。
「まだ開発段階なんですけど、ガスが出るバイクをなくして電動に変えて、アフリカのテスラのような存在にしていきたい。環境に良いもので、スラムにブランドを作りたいんです。農業のほうも、コーヒーの苗を500本植えたんですけど、実が採れるのは5年後とかなんですよ。そんな先のビジネスをするなんてって笑われるけど、本当にスターバックスみたいなブランドになっていく可能性もありますからね。僕はいくつも会社をやってるんですけど、社長としての手当はゼロだし、アーティストとしての収入も売り上げの5%だけ。残りの資金はスラムの事業に還元しています。社長に一切コストがかからない会社っておもしろいし、5年後にどうなってるか、ちょっと楽しみになるでしょ?」。
2021年には、スラム一掃プロジェクトの下でアグボグブロシーの半分が重機によって取り壊されるという衝撃のニュースもあった。長坂が作った私立学校や文化施設もなくなるなど、これまでの活動が否定されるような出来事もあったが、落ち込むことはなかったと笑う。
「その時も、すぐに現地に行って新しいギャラリーと工場を始める契約をしてきました(笑)。そういうマイナスなことがあるほど周りに力を貸してもらいやすくなるし、結果的にはそれが何倍にもなって跳ね返ってくる。なんとかしたいっていう熱が高まれば高まるほどチャンスになるっていうのが、僕の答えなんです」。